≪書籍情報≫
著者:
井上雄彦
出版社:
講談社
版型:
B6版
カテゴリー:
ヤングコミックス
連載雑誌:
週刊モーニング
ジャンル:
歴史・時代
≪同一著者書籍≫
【古本コミック】
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≪参考情報≫
参考情報はWikipediaより抜粋したものです。(詳細は下記のとおり。)
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『バガボンド』は井上雄彦による青年漫画作品。原作は吉川英治の『宮本武蔵』。1998年から週刊モーニングで連載が開始される。途中、長期休載されることもあったが、2005年5月より再び連載が再開された。そして2006年11月の段階で、「1年半から2年で終わる」と井上雄彦本人は語っている。
【概説】
剣豪の宮本武蔵を主人公とし、戦国末期から江戸時代の転換期を舞台にその青春期を描く。巨大な歴史の転換点で、剣士として自己の確立しようともがく武蔵を含む複数の人間が登場する。
一流であったがあまりに武芸への執着が過ぎた父・新免無二斎に幼少・少年期に剣を受けた武蔵はやはり異常な剣への執着を見せ青春期に入り無謀ともいえる武者修行を行う。しかし自分を遙かに凌駕する境地に存在している同世代のライバルや師となる老境の剣士の技に触れることで初めて技・心ともに置ける自分の卑小に気づき、これらに到達・凌駕しようと新たな境地へと自分を昇華してゆく。その昇華の過程では、自己の剣のありかたについて苦悩し、老境の師の精神を垣間見たと思えば、その次には元の自分に戻ってしまう振り子のような葛藤を作中で何度も見せる。
一個の青春期の人間が単純な自尊心を振り回す段階から、一流の人間に進化してゆく成長を剣士・武蔵を通して描いている(まだ作中であるので予想でしかないが)。精神の成長が技術の成長を裏打ちして初めて真の成長がある、と言う人生の真実を圧倒的な描写力を持って読者に迫る作品である。
吉川英治の小説『宮本武蔵』が原作となっているが、武蔵の実姉が描かれていなかったり、佐々木小次郎が聾唖者(ろうあしゃ)であったりと、キャラクターや物語には井上独自のアレンジが大きく加えられている。表題も原作名である「宮本武蔵」ではなく「バガボンド」となっている。ちなみに、「バガボンド(vagabond)」とは仏蘭西語で“放浪者”という意味である。
また、「一コマそのままが一つの絵画として完成している」と評価されるほど井上の画力は抜群で定評がある。鐘巻自斎の汚らしさ等を描くのに限界を感じたことから、作品途中にして完全に筆のみによって描画するようになった。スポーツの最高の一瞬を写した写真の様に、闘いの中のシーンをワンカット毎に表現し大胆なコマ割りで非常に躍動感と緊張感が溢れる表現に成功している。実にこのようにして緻密に描かれたその一コマ一コマが多くの読者やファンを魅了している。
2003年に放送された大河ドラマの『武蔵 MUSASHI』もこの漫画のヒットから制作されたとも言われている。
武蔵編から始まった物語は、14巻から小次郎編へと進み、小次郎編が終了する20巻から21巻の間には一年間の充電期間がとられた。その後21巻からは再び武蔵が主役に戻り、ロゴを変化させ多少コミカルな表現を増やした。ロゴの変化については「前の方がよかった」という意見が多く寄せられたことをポッドキャスト[1]で語っている。
なお、しばしばタイトルの類似が話題になるギャグ漫画『天才バカボン』は、もともと「天才バカボンド」になる予定だったという。2作品にそれ以上の関連性はない。
【受賞】
2000年、第4回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞受賞。
2000年度(平成12年)第24回講談社漫画賞一般部門受賞。
2002年、第6回手塚治虫文化賞マンガ大賞受賞。
【ストーリー】
宮本武蔵編 第一章
立身出世を望んで故郷の村を出た新免武蔵は、関ヶ原の戦に敗れて泥にまみれていた。目標を失いかけた武蔵は、共に出奔した親友・又八が行方をくらました事を伝えるために村へ戻るが、村人達から非情な迫害を受けることになる。しかし、そこで再び剣の道に生きる志を立て、名乗りを「宮本武蔵」に改める。
京に上った武蔵は、京で最強と謳われる吉岡流の道場に乗り込んだ。当主・清十郎には一蹴されてしまうものの、その弟である伝七郎と対等に戦い、伝七郎と1年後の再戦を約束した。
再戦に向け再び武者修行の旅に出る武蔵。大和興福寺では槍の達人・宝蔵院胤舜と戦い、柳生の城では剣聖・柳生石舟斎と見えた。達人と呼ばれる人たちとの出会いを通し心技を充実させていく。
旅を続ける武蔵は宍戸梅軒と名を改めたかつての宿敵・辻風黄平と再会する。他者より強くあらんとして戦い続ける者の業を「殺し合いの螺旋」と呼び、誰よりも強くその業に固執した梅軒は、武蔵の前に敗れ、二度と武器を取れない体にされたが、「殺し合いの螺旋を降りられる」と安堵し、武蔵に助けを乞うた。 その姿を目の当たりにした武蔵は剣に生きることの意味に懊悩し、逃げるようにその場を立ち去るのだった。
佐々木小次郎編 第二章
越前の片隅で世を倦んだように暮らす剣豪・鐘捲自斎に拾われた佐々木小次郎。孤独な人生を歩んでいた自斎は小次郎と育てようとしたり、農家の片隅に捨てたりと、優柔不断なまま翻弄される。しかし、小次郎に出会ってから次第に生きがいを見つけ、剣を教えて生計を立てる道を模索。少年・小次郎も自斎を敬愛し、二人は血のつながりはなくとも親子のような関係を築いていた。
しかし自斎は、自身が修めた剣の技を小次郎にだけは伝えようとはしなかった。剣の道とはすなはち命と誇りをかけた戦いであり、それに敗れた者がいかに惨めな末路をたどるか我が身をもって知っていたためである。
そんな折、自斎凋落のきっかけとなったかつての弟子・伊藤一刀斎弥五郎が自斎の前に姿を現す。一刀斎は小次郎の本質を即座に見抜き、剣の道へと誘おうとする。はじめはこれを拒んでいた自斎だったが、小次郎の器がすでに自分の計り知れる範囲を超えてしまっていることを悟り、ついには小次郎を一刀斎に託す事にした。
一刀斎に着いて武者修行の旅を続けた小次郎はやがて関ヶ原後の修羅場で幾多の強敵と立会い、ついにその才能を本格的に開花させていく。
放浪者編 第三章
一章から一年後、京に戻った武蔵は因縁の相手吉岡清十郎を破る。その戦いを終えた後、本阿弥光悦の家に泊まることに。そこで、佐々木小次郎と邂逅する。つかの間の邂逅ではあったがお互い言葉にはできないものを感じとる。その後清十郎の弟、吉岡伝七郎は紆余曲折あったものの武蔵との決闘の日を迎える。しかし清十郎との決闘、そして小次郎との出会いを経た武蔵の前に圧倒的な力量差で蓮華王院に散る。清十郎、伝七郎を連破された吉岡一門は遂に一門七十余名で武蔵を斬るという最後の手段に踏み切る。その修羅場の中で門弟達は次々に散っていくも武蔵もしだいに追い詰められていく・・・。
【主な登場人物】
主要人物
宮本武蔵(みやもと むさし)
初名は新免武蔵(しんめん たけぞう)。父である剣豪無二斎の下、武芸者の子として人の温もりを知らずに育つ。温もりに餓えて、孤立している父と自分を捨て去った母親を探すも、母親から冷たくあしらわれることになり、純真な心に傷を受ける結果となった。しかし、その純真さ故の反動か、生きていくための本能か、このとき武蔵は後の彼の生き様を決定付ける「強くなる、誰よりも。この世にただ一人、天下無双の男になる」という強い決意を固めている。大柄な体躯と人並み外れた腕力・殺気の持ち主で、破天荒な行動から周囲との齟齬が絶えず、孤独になりがちであった。本来は真っ直ぐで思いやりのある心の持ち主で、同時に物事の本質を見抜く繊細さも持ち合わせている。その繊細さを表すかのように、芸術の才能がある。
13歳のとき新当流の有馬喜兵衛と初めて決闘して勝利するが、“悪鬼”と周囲から恐れられ、忌み嫌われることで一層孤独を深めた。後の慶長5年、17歳の時、関ヶ原の合戦に西軍方として出陣するも敗北。宮本村に戻る際に関所を破ったため、追っ手の兵や村人を多数手にかける結果となった。沢庵に捕縛され、「人の命の大切さ、それに気づかぬ自分の弱さ」を強く諭され、それと引き替えに命を救われる。ここから名を宮本武蔵と改め、剣の道において天下無双を目指し始める。慶長9年、自ら京都に上り、吉岡清十郎・伝七郎兄弟に挑戦して世間の広さを知る。その後、武者修行のため槍の宝蔵院に挑戦するも、胤舜の天賦の才の前に遁走。しかし負けは認めず、大胆にも胤舜の師である胤栄に師事を請う。やがて宝蔵院十文字槍を使う胤舜を再度の決闘で撃破。その後、更なる強さを求めて柳生家に単身乗り込んだ武蔵は、柳生四高弟にその強さを印象づけるも、石舟斎を前にその道の深さを思い知る。胤栄や柳生石舟斎との出会いは、武蔵の成長に大きく寄与することになる。再び武者修行に出た武蔵は、宍戸梅軒(辻風黄平)の鎖鎌に挑戦。知らず知らずの慢心が危機を招いてしまうが、最後には二刀で梅軒の指を斬り再起不能に陥れる。この戦いで、慢心と共に無二斎の呪縛を断ち切り、父越えを果たす。二刀流の端緒をつかむという大きな収穫もあった。
一年で大きく成長した武蔵は、吉岡伝七郎との約束を果たすため年末に再び上京する。伝七郎との対決を数日後に控えた大晦日、洛北蓮台寺野で野宿していた武蔵は、除夜の鐘を聞いて程なく闇討ちをしてきた吉岡清十郎と決闘することになる。1年前には影すら見えなかった清十郎の神速の剣と成長した武蔵。一進一退の激戦の末、すさまじい集中力で後の先を取った武蔵が、実力以上の神速の剣を繰り出して清十郎を一刀両断にした。その後、伝七郎との約束どおり蓮華王院にて決闘を行う。この戦いにおいては先の清十郎との死闘とは逆に明らかな「強さ」で伝七郎を圧倒。終始伝七郎に余裕を与えず、絶命に至らしめる。この決着から吉岡一門との長い戦いが幕をあける。一年前から大きく進化した武蔵は、現時点で間違いなく最強の一人といえる。
佐々木小次郎(ささき こじろう)
鐘巻自斎の弟子・佐々木佐康の息子。赤ん坊の頃、佐康の手紙を携えた数人の従者とともに落城した城から小舟で落ち延び、漂着して鐘巻自斎に育てられる。生まれつきの聾唖であるが、そのぶん太刀や相手を見る目「第六感」が異常なまで発達し、戦いに大いに貢献している。剣が好きで、幼少時代から小舟に一緒に積まれていた形見の長剣を肌身離さず持っていた。
剣に人生の全てを捧げ剣の明も暗も知り抜いている自斎は、小次郎を剣から遠ざけようとするが、小次郎の剣にかける思いは熱く、同じく剣に熱い思いをかける友人の亀吉とともに、自ら剣技を磨いていく。少年時代に不動幽月斎の片手を切り落とすという離れ業的な経験をする。その際、自斎に倒された鮮血に染まった幽月斎を目の当たりにしており、青年時代の恐怖に鈍い小次郎の人格形成の一端を担ったと思われる。自斎に内面にある「狂気」を見抜かれ、剣を封印されるが、その後も棒などを竹刀のように加工し、技を磨いていく。このとき小次郎にとって自斎は「最強」の師であり、自斎を目標として自ら剣技を磨き、また何度も自斎に挑んで実力をつけていった。一方の自斎も口では「剣は教えぬ」と言いながら、小次郎を負かせることで剣の厳しさ・技・卑怯な戦法などを体で覚えさせていく。小次郎と武蔵の共通点として、自然(武蔵は山、小次郎は海)の中で自然を相手に、剣技はもとより肉体的にも非凡なものを会得していく点が挙げられる。
青年になった小次郎は非常に大柄な体躯(バガボンド内では伝七郎と並んで最長身)と身体能力を身につけている。伊藤一刀斎の計らい(当初は、からかい)により、青年小次郎は若き日の伝七郎を含む3人の剣士と夜の浜辺で死闘を繰り広げる。その際、一刀斎に“恐怖”という感情に酷く鈍いことを見抜かれ、先を案じた一刀斎に恐怖を叩き込まれる。3人を倒し、自らも大怪我をした小次郎の傷の手当てをする自斎は、小次郎が「男」になったことを悟り、一刀斎に託すことを決意する。傷が癒えた後、小次郎は一刀斎と一緒に旅立った。その際、一刀斎の提案により、自らの流派・巌流を掲げる。旅の途中、またしても一刀斎の計らいで、関ヶ原近くの山に取り残されたため、落人狩りに絶え間なく命を狙われ、多数の敵との果てしない戦いによる緊張と疲労で、死の淵を何度も彷徨うような極限状態(現在でいうサバイバル地獄)を味わう。その中で、石田三成の下に急ぐ手練の将、「定伊」「市三」「巨雲」らと出会う。冷静に考えて見れば戦う理由は無かったが、生き残って先に進むという目的を持つ両者にとって、この極限状態の中で戦うしかなかったのか、それとも剣士として相見えるしかない何かを感じ取ったのか。死闘の末、強豪の3人を連破し、この極限状態を切り抜けた小次郎がどのくらい強くなったか、今は計り知れない。
京都で小次郎に出会った、清十郎を倒したばかりの武蔵が、「立ち会っていれば、どちらが斬られるかは分かっていた」と自身の敗北を臭わせているが、その「立ち会い」を目撃した本阿弥光悦は小次郎が武蔵の右腕を、武蔵が小次郎の胴体を斬る幻像を見ており、現時点ではどちらが強いともいえない。武蔵とは対照的な風貌で、あどけなさが残る無邪気な性格をしている。音が聞こえない上に喋れなくとも、言語を感じ取っているようである。
本位田又八(ほんいでん またはち)
武蔵の幼馴染。宮本村時代には村人から“悪鬼”と忌み嫌われた武蔵と好んでつるんでいた。戦で名を挙げようと武蔵を誘い、村を出るきっかけを作ったのも又八である。村にいた頃は武蔵と互角か、少なくともその相手が出来る程度の剣の腕を持っていた。実際のところ、その腕は決して悪くはないと思われる。吉岡道場の手練には手もなくやられざるを得なかったが、野盗やごろつき相手に勝ちを収めた場面もある。村を出てからは急速に頭角を現していく武蔵に水をあけられる形になる。ひょんなことから本来小次郎に手渡されるはずだった印可目録を手に入れ、それを悪用して佐々木小次郎の名を騙るようになった。仕官希望の武芸者に口利きをしてやるふりをしながら飯をたかるなど、口八丁で要領の良い部分も見えるが、行動はおおむね場当たり的で定着性がない。こすい所はあるものの悪人というほどではなく、一言で言ってしまえば小心者である。英雄・豪傑に類する人物への憧れも強い。又八の心の中には、身近な悪友だったはずの武蔵が次第に手の届かない強大な存在へと育っていく事に対する焦りが生まれていく。長期低落傾向の中にあって、どのように生きれば良いかを暗中模索している点では、又八も本作のタイトルとなっているバガボンドの一人だと言えよう。
自身が偽の小次郎であることがバレてしまい、武士達に痛めつけられていたところを本物の佐々木小次郎に出会ってしまう。当初は焦ったが、本物である彼をも利用した。吉岡一門に手厚く迎えられるも、小次郎とはぐれたところで武士達に見つかり再び痛めつけられ、遂には囚われてしまう。しかし、持ち前の話術と逃げ足を用いて脱走。傷だらけで街中を徘徊している最中に武蔵との再会を果たし、酒を酌み交わす二人だったが・・・。
武芸者
新免無二斎(しんめん むにさい)
武蔵の父。当理流剣術の開祖。御前試合で吉岡拳法を倒し、時の将軍・足利義昭から「日下無双兵術者」の称号を得た、名実ともに天下無双の剣豪である。しかし天下無双であるが故に、その地位を脅かす者の出現を恐れ、「周囲は皆敵である」という疑心暗鬼に陥ってしまう。息子である武蔵にもそれが向けられていた。消息不明。
宝蔵院胤栄(ほうぞういん いんえい)
法号、覚禅房胤栄。宝蔵院流槍術の創始者。「にゃむにゃむ…」「カカッ」が口癖。胤舜に宝蔵院の座を譲った後も槍術の腕に衰えはなく、かなり離れた場所にいた(数十m離れた)武蔵を「気」のみで圧倒し、その超神速の槍捌きは神業の域に達している。自身が作る漬物「宝蔵院漬」は好評で、日中畑仕事に精を出す。柳生石舟斎と共に、上泉伊勢守秀綱に弟子入りした過去も。
宝蔵院胤舜(ほうぞういん いんしゅん)
本名は満田慎之介(みつだ しんのすけ)。宝蔵院胤栄の元で槍術を学ぶためにやってに来た武士の息子であったが、両親は浪人によって目の前で惨殺され、そのまま胤栄に引き取られる。残酷な現実から逃れるように槍術(宝蔵院流槍術)に没頭。槍術の腕は凄まじく、天賦の才にも恵まれ、宝蔵院の二代目まで上り詰める。しかし天才であるが故に周りに相応の敵がおらず、戦いに対する姿勢はどこか慢心的であり精神的な未熟さが残る。武蔵と交戦、一度は圧倒的な強さで勝利する。しかし自分を脅かしうる敵との対戦経験がなかったため、極限状態での勝負を知らず、精神修養を積んだ武蔵との再戦では長らく表面化してこなかった精神的弱さが露呈。隙を突いた武蔵の強烈な一撃を浴びて昏倒してしまう。心の弱さにつながっていたのは、幼児期に体験した家族との悲劇的な死別の記憶であった。心理戦的側面が強かったこの戦いでは終始武蔵の優勢が目立ったが、武蔵も夥しい出血のために戦い続けることが出来なくなったために最終決着はつけられず、立会人となった胤栄により、都合2回の対戦内容を考慮した上で引き分け扱いとなった。その後、武蔵とは互いに和解し、宝蔵院の二代目を襲名。
2度目の試合のシーンでは両者の心理戦が大半を占め、実際に剣槍を振るうシーンはわずかしか無い。が、死を決した中でも心の平静を得ることが出来た武蔵と初めて同格の人間と命のやりとりをすることにようやく試合中に気づき逆に乱されてしまった胤舜の心の差が戦いの結果につながる過程が印象的に表現される。この過程で物理面の戦いがわずかにもかかわらず読者には非常な緊張感を与える。この戦闘シーンこそ、これまでの漫画の何百回・何千回と行われてきたであろうすべての決闘シーンを超えてさらに高い次元に入った作品前半のハイライトと言える名勝負。
宍戸梅軒(ししど ばいけん)
本名は辻風黄平(つじかぜ こうへい)。幼少時、実の母に殺されそうになった経験を持つ。兄である典馬に救われてからは、彼が頭領をつとめる犯罪集団「辻風組」に入った。以後は“死神”と恐れられるほどに頭角を現す。しかし、兄である典馬により犯されたことを機に性的不能者となり、以来実兄の暗殺を試みるようになる。13歳の時に兄の殺害を企てるも失敗に終わり、関ヶ原の合戦が終わるその日まで7年間に渡り幽閉される。その後も兄への恨みを晴らそうとするが、典馬殺害は武蔵に先を越される形となり、やがて武蔵を付け狙うようになった。後に自身を振り返り、「殺す能力」が他人より優れていること、それが自分自身を支えた唯一の誇りだったと回想している。
暗器の扱いを得意とし、並みの軍勢ならば一瞬のうちに敗れ去るだろう。その誇りも、その道に更に秀でた佐々木小次郎に敗れることで潰されてしまい、一旦は自分の存在価値を見失う。彼を支えていたのは「殺す」というただその一点で他者より秀でているという自負心であり、標的を身近な強者だった兄から武蔵に切り替えたのは自らの誇りを充足するためのものだったに過ぎないと思われる。そんな折、「宍戸梅軒」を頭領とする野武士集団に襲われるが次元の違う戦闘力で殲滅した。以後は梅軒の遺児「龍胆」に親の愛情を知らない自分を重ね、ともに暮らすようになった。その暮らしぶりは、隙があれば龍胆が鎖鎌で黄平の命を狙うという奇妙なものであったが、いつしか黄平は「宍戸梅軒」を名乗り、自ら鎖鎌術を極め、二人の間に不思議な絆ができるに至る。人を殺すことでしか自分の存在価値を見つけられなかった黄平は、龍胆と出会ったことでそれまでとは別の生きる意味を見つけ出していた。
武蔵が梅軒の家を訪ねることで4年ぶりに再会。武蔵も4年前とは変わった黄平の内奥を見抜いている。鎖鎌を駆使し、武蔵を散々に痛めつけ苦しめるも、最後に二刀を繰り出した武蔵に斬られ、指を失ったことで武芸者としては再起不能の体となる。しかし、安堵の表情を浮かべた黄平は「殺し合いの螺旋」から降りる決意を宣言し、龍胆と静かに暮らし始めた。
鐘巻自斎(かねまき じさい)
鐘巻流開祖。小次郎の育て親。中条流師範として道場を開き、その腕前は当時、「天下に敵なし」と自負していたほど。しかしひたすら自らの剣を研く事のみに打ち込んできたからか、自分以外の人間には酷く無関心であった(後に小次郎が聾唖であることに気がつかなかった時には、自分のふがいなさをひどく責め落ち込んだ)。後に弟子の伊藤弥五郎に敗北し、唯一の拠り所であった剣への自信や闘争心を失い、剣の道から退く。
長らくくすぶり続けていたが、不動幽月斎との死闘の際には、小次郎らの必死の抵抗を目の当たりにして闘争心を取り戻し、自ら深手を負いながらも、眠っていた潜在能力を開放し、ついに不動を討ち果たした。自分を表現をするのが下手で、独占欲が強い面もある。小次郎に剣の道で挫折しとことん落ちぶれた自分自身を投影し、彼を剣の道から徹底して遠ざけようとしたが、次第に小次郎こそが自分の生きる希望、そして誇りであると思うようになり、小次郎が望んだ剣の道を歩ませる事になった。
不動幽月斎(ふどう ゆうげつさい)
自斎や小次郎が住む村で以前「守り神」として崇め恐れられていた謎の剣士。だが、村の娘が14歳になると、性的奴隷とする目的でさらっていくため、厄介者として村人達から疎まれるようになった。歪んだ目と顔を持つ不気味な男だが、小次郎の長剣「物干し竿」を片手で扱うなど、剣士としては超一流である。自斎との死闘の末、惨敗する。
伊藤一刀斎(いとう いっとうさい)
本名は前原弥五郎(まえばら やごろう)。一刀流の開祖。鐘巻自斎の一番弟子で、たった5年の師事で師である自斎をも倒すほどの剣腕を身に付ける。小次郎を剣の道に導いた張本人で、弟弟子である小次郎の師匠的な役割を果たす。性格は剛胆無比で自分の実力に絶対の自信を持つ。小次郎の“恐怖”に対する未熟さを見抜くや、その大腿を躊躇なく貫いて恐怖を叩き込んだり、小次郎を一人関ヶ原の戦場に取り残したり、かつて弟子同士を決闘させたりしたなど、剣の道に対する非情なまでの厳しさが表れている男といえる。その反面かなりの助平で、成長した小次郎の男根を扱く、旅の最中に女を買うなどといったことも。剣を「遊び」と称したり、生き死にを賭けた斬り合いに無邪気さが全面的に現れるなど、剣を人生の最大の楽しみと捉えている節がある。それ故、流行の鉄砲の戦にはひどく興ざめし、士官・出世にはまるで興味を示さない。しかし、その剣腕は「剣の神様」と呼ばれる程で、現時点でバガボンド内最強クラスの剣客である。鋼鉄の銃すらも一刀のもとに寸断せしめる。最強であるが故の孤独を感じている節もあり、一刀斎を目標として剣の道をひた走る小次郎が、自分の前に最強の敵(友)として現れることをひそかに願っている。曰く、「わしの命を脅かす最強の敵は最愛の友に等しい」とのこと。年齢的なものもあってか、上泉秀綱や柳生石舟斎のような思想家的剣豪ほどの精神性はなく、喧嘩屋型の剣豪。
夢想権之助(むそう ごんのすけ)
兵法天下一を名乗る若者。本作ではいわゆる傾奇者の格好をしている。旅をする最中に一刀斎、小次郎らにからかわれ、その際彼らと立ち合うもあっさり敗北。以後、一刀斎を師と仰ぎ二人と旅を共にする。関ヶ原では殺されかかるが武蔵に助けられ、彼らの戦い方から多くのことを学ぶ。後の神道夢想流杖術の開祖。
吉岡一門
吉岡拳法(よしおか けんぽう)
先代吉岡流当主。清十郎と伝七郎の父。自分に似て愚直な伝七郎ではなく清十郎を後継者に選び、「必ず勝てる相手としか戦うな」という掟を残して他界する。これは自分の欠点を息子達にまで背負わせたくないがための考えであったが、このことが兄弟の間に確執を生むことになる。武蔵の父である新免無二斎に敗北を喫したことがある。
吉岡清十郎(よしおか せいじゅうろう)
吉岡拳法の長男であり、吉岡拳法道場の現当主。小柄だが非常に美男子。事実上、京最強の剣士で、剣に関しては幼少から天才と呼ばれるほどの天稟をもち、胤舜をして「ただ一人俺と互角の実力を持つ」と言わしめる。剣士としては非情で、人を斬ることに躊躇は全くない。吉岡流の最終奥義である「一(ひとつ)の太刀」を操り、繰り出す神速の剣は常人の目には映らない。
父の遺言に従い吉岡家の当主となるも、その重責に正面から向き合わず、自らの本能にのみ従う奔放な性格の持ち主。酒色と女を好む遊び人で、吉岡家と自身の名を穢すのに一役も二役も買っている。が、本人はそんなことは気にもかけないどころか、「時代は柳生」「吉岡なんてもう古い」などと平気で言ってのけたりする。そのため多くの門弟から不安や不満を抱かれているが、それはあくまで表向きの姿で、影では吉岡家や実弟・伝七郎を危険から守るために、挑戦者と秘密裏に立ち会って暗殺するなど、当主らしい才覚も発揮している。
のちに吉岡一門の命運を賭け、伝七郎との対決を控えた武蔵を襲撃する。だが、激戦の最中、護るべきものの重さが清十郎の頭をよぎり、それによって生まれた一瞬の隙に武蔵の神速の剣を受け、凄絶な最期を遂げた。
吉岡伝七郎(よしおか でんしちろう)
吉岡拳法の次男。性格は極めて厳格で真面目。武門の子としては愚直なまでに剣に情熱を傾けるが、非情になり切れない優しい一面を持つ。遊び人を決め込む実兄・清十郎が吉岡拳法道場の当主であることを不愉快に思っているが、深層では兄を慕っている。かつては、吉岡拳法の息子であることを拠りどころとしており、彼が脅威を感じる相手を威嚇すべく、自らの出自を明らかにしていた。しかし、それは非情になり切れない己の未熟さや、兄の実力に対する劣等感の裏返しでもある。武士として甘い面もあったが、武者修業時代の小次郎との死闘を経て、武人として成長を遂げる。しかし、武蔵が初めて吉岡道場に乗り込んだ際、武蔵を相手に互角以上の戦いを演じるも、武蔵に再戦の機会を与えて逃すという愚直さ(甘さ)を露呈している。蓮華王院での武蔵との決闘に完敗するも、最後の最後まで武蔵を斬り捨てるためにすさまじい執念をみせた。死に際に、父・吉岡拳法に健闘を称えられる幻覚を見た。
植田良平(うえだ りょうへい)
吉岡道場の高弟・十剣の一人。伝七郎の後見的立場を務める。曲者ぞろいの吉岡道場首脳の中にあっては珍しい常識人で、拳法の遺訓を知らされているなど先代からの信任も厚かった。放蕩な清十郎や頼りないところのある伝七郎の下で道場を実質的に切り盛りしている。優れた政治手腕が目に付く反面で自身が剣を取る場面は無いが、小次郎から当主以外の吉岡最強剣士である事を看破されたり、伝七郎の技量を冷徹に見切るなど、相当の手練でもある。
祇園藤次(ぎおん とうじ)
吉岡道場の高弟・十剣の一人。清十郎と行動を共にする事が多い。己の剣に絶対的な自信を持ち、自分の上に立てる人物は清十郎しかいないと豪語してはばからない。そのために周囲からは「天狗」と呼ばれ人望もないが、その剣技は吉岡の誰もが認めている。単なる自惚れで周囲が見えなくなっているわけではなく、本当の強者を見抜く心眼も持ち合わせている。そのためにかえって剣の道に踏み惑い、やがて悲劇的な末路を迎える。
御池十郎左衛門(みいけ じゅうろうざえもん)
吉岡十剣の一人。佐々木小次郎と対峙し、小次郎の強さを知るために斬りかかったが、一刀のもとに斬られた。
南保余一兵衛(なんぽう よいちべえ)
吉岡十剣の一人。
小橋蔵人(こばし くらんど)
吉岡十剣の一人。
堀川善兵衛(ほりかわ よしべえ)
吉岡十剣の一人。
東紅四郎(あずま こうしろう)
吉岡十剣の一人。
新陰流一門
上泉秀綱(かみいずみ ひでつな)
本名は上泉信綱(かみいずみ のぶつな)。新陰流の創設者にして日本の歴史上最強の剣士の一人。宝蔵院胤栄や柳生石舟斎の師でもあり、多くの剣豪の人生を大きく左右してきた天下無双の剣客。武田信玄から大名にと誘われたこともあるが、剣の道の追求に生きてきた。性格や剣は実に穏やか。「剣は天地に元々存在し、剣の追求は天地を知るということである」という“無刀”を広める。
登場シーンは極僅かだったが、作者インタビューによれば武蔵が五里霧中なりに志向しているのは胤栄や石舟斉にも「受け継がれた秀綱の剣=無刀の境地」らしく、物語のキーパーソンの一人である。若き日の石舟斎に試合を兼ねた教授を求められ引き受ける。自分の剣技に絶対の自信を持っていた若い石舟斎だったが,袋竹刀を持ち気負いを豪も見せない秀綱に全く当前の様に自身の木刀を落とされてしまう。その後に立ち向かった胤栄だったが,今度は秀綱に素手で無刀取りをされてしまう。これまで達していた武技を一流と信じていた二人だが,気負う自分たちとは全く異なる穏やかな信綱にさらに高い次元の境地があることを印象的な言葉(前述の『剣は天地に元々・・・』)と共に体験させられる。若い主人公武蔵と胤栄・石舟斎との関係が数十年前にも実はあったと言うことが,作品の中に時間的深みを与えている。作中では剣とは心技が伴ってこそ最高の境地に至れると言うことを発見したルーツの人物である。
疋田豊五郎(ひきた ぶんごろう)
上泉伊勢守の甥で疋田陰流の祖。執拗に上泉伊勢守との再戦を求める柳生宗厳と立ち合い、一太刀で倒す。
柳生石舟斎(やぎゅう せきしゅうさい)
本名は柳生宗厳(やぎゅう むねよし)。徳川将軍家お墨付きの柳生家の祖。新陰流第二世。通称「大殿様」。“剣聖”と世間から崇められる、生ける伝説で恐らく今現在天下一と思われる人物。人々から受ける偉人的評価に反し、愛する孫たちにはついつい甘い顔を見せてしまう無邪気な部分も持っている。また、直情的な性格も垣間見られ、若い頃は気概が空回りすることも多かった。老いてもそれはおつうが感じる“こどもっぽさ”や少しわがままなところや茶目っ気も残っている。「まさに山の如し」とは武蔵による石舟斎評。
柳生宗矩(やぎゅう むねのり)
石舟斎の五男。三玄院で沢庵と仲良くなり、それが沢庵と石舟斎を繋ぐきっかけにもなった。現在は江戸にいると思われる。柳生谷に残していった飼い犬を城太郎に殺されてしまい、その事件が武蔵に柳生門下と対決するための口実を与える事にもなった。
柳生兵庫助(やぎゅう ひょうごのすけ)
本名は柳生利巌(やぎゅう としよし)。柳生石舟斎に特に溺愛されている孫。新陰流の後継者。自己の能力に絶対の自信を持ち、強大な闘気を操る。向上心を忘れず常に鍛錬に勤しみ、心技体のバランスが非常にとれている真の剣士。女好き。武蔵のことを自分に似ていると感じ、石舟斎も寝ぼけて武蔵の気を兵庫助と間違えたことがある。
その他
沢庵宗彭(たくあん そうほう)
姫路城城主の池田輝政など様々な有力な人物と人脈を持つ僧。国と国とを放浪している。僧籍に身を置いているので自ら武器を持つことはないが兵法にも長けており、胆力では武芸者にも引けを取らない。武蔵や小次郎を気にかけ、しばしば彼らに道を説いてやる。武蔵の各地の評判を聞くのが楽しみという、まるで親のような一面を垣間見せることもある。
おつう
武蔵と又八の幼馴染で、彼らの想い人である美女。捨て子だったのを本位田家のお杉に拾われ、又八の許婚として育てられた。
天真爛漫を絵に描いたような性格で無邪気。その屈託のなさゆえに誰からも嫌われていた武蔵の孤独を理解し、想いを寄せるようになった。しかし、あまりにも屈託がなさ過ぎるためか、おつう自身も自分が武蔵に対して恋心を抱いていることに気が付いていないと思われる節がある。だが、武蔵の心の傍にいる者がおつうであることから、武蔵の姉的存在として捉えることができる。整った美貌と快活な性格から、誰からも好かれる素質を持っているが、例外的にお杉からは強く逆恨みされている。
武蔵が天下無双を志して再び宮本村を出る決意を固めた時には同行しようとしたが、これは武蔵から拒否される。しかし、又八との許婚関係を解消した行きがかりから村に留まる事もできなくなっていたので、結局は武蔵の後を追って旅する事になった。
城太郎(じょうたろう)
自称「武蔵の弟子」と名乗る少年。幼少時代の武蔵に言動が似ている。柳生家での戦いにおいて武蔵とはぐれ、おつうと共に武蔵を追う旅を続ける。恐らく後の養子、宮本伊織と思われる。ちなみに、原作では青木丹左衛門の息子。
お杉おばば(おすぎおばば)
又八の母親。実の親とするには少々歳をとり過ぎており、又八の「産みの親」ではなさそうである。けれども又八に対する愛情は盲愛と言えるほどに深く、村の名士である本位田家への強烈な自負心ともあいまって、著しく偏狭なものの見方をするきらいがある。
お杉にかかれば又八の出奔は武蔵にそそのかされたものということになるし、おつうが又八との許婚関係を反故にしたのも武蔵との共謀によるものとなる。実際には又八の方が武蔵を誘って村を出たのであるし、おつうの行動も元を正せば又八の不義が原因なのだが、武蔵とおつうの両名は彼女にとって強い憎悪の対象となっている。又八の後を追うと同時に、武蔵たちへの復讐も果たそうと旅を続ける。
権叔父(ごんおじ)
お杉の弟。又八への偏愛に現実を見失いがちなお杉とは違い、又八の性情を正しく理解している。又八もその事は分かっているようで、二人の間には信頼関係も存在していたようである。お杉とともに又八を探す旅を続け、ついに又八と巡り会った矢先、野伏に斬殺される。そのときの又八の動揺は大きく、父親のいない又八にとっては父親代わりのような人物だったのだろう。
お甲(おこう)
関ヶ原から落ち延びてきた武蔵と又八をかくまった未亡人。野党集団「辻風組」の首領・辻風典馬に懸想されており、たびたび辻風組との諍いを起こしていた。武蔵を辻風黄平との因縁に巻き込むと同時に、妖艶な色香を利用し又八を惑わした。後に又八と暮らし始めたが、程なくして京に移住し又八を捨てた。売春稼業に身をやつしたのは又八の甲斐性無しが原因ではあったのだが、元からわずかばかりの金を苦労しながら得てつましく暮らすような生活が性に合わなかったようである。又八の転落人生のきっかけをつくった人物。吉岡清十郎や祇園藤次は馴染み客。
朱美(あけみ)
お甲の娘。当初は武蔵の事を気にしていたが、京で母の稼業を手伝うようになってからは客である清十郎に気を惹かれつつあった模様。清十郎も彼女の事を気に入っているようだが、恋仲ではない。
龍胆(りんどう)
本物の宍戸梅軒の遺児(もしくは事実上の養子)。梅軒と同じく鎖鎌を使え、技だけなら甲斐正嗣郎を凌ぐ。物心を覚えた頃から周囲にこき使われ、親の愛情を受けないまま育ち、いつか梅軒を殺すことだけを考え生きてきたが、辻風黄平に梅軒を殺され生きる目的を失う。その後、ともに生きる目的を見失っていた辻風黄平が「宍戸梅軒」と名乗り、隙があれば龍胆が鎖鎌で梅軒の命を狙うにも関わらず、二人の奇妙な暮らしが始まる。4年後、梅軒が武蔵に敗れた後は、友情や愛情を越えた絆の中、今度こそ二人で暮らしはじめる。
草薙天鬼(くさなぎ てんき)
小次郎の幼馴染で、鐘巻自斎の門弟。本名は亀吉(かめきち)だが、小さい頃から「草薙天鬼」と自称していた。村のガキ大将で強くなることを切望しており、「天鬼」と自称し始めた翌日に小次郎と勝負し、負けてからは彼に一目置くようになる。成長して小次郎が一刀斎と共に旅立った後、自斎から小次郎に宛てた免許皆伝の印可を託され彼らの後を追う。
定伊(さだこれ)
市三(いちぞう)
巨雲(こうん)
本阿弥光悦(ほんあみ こうえつ)
京の屋敷に母・妙秀とともに住まう芸術家。迎え入れた牢人者たちとも暮らしている。本阿弥家は代々刀の研ぎを家業としており、生まれた頃から刀に囲まれて育ち、刀を天地と見立て、その業を長い年月とともに高めてきた。武蔵や小次郎たちとは違った意味で「剣に生きる者」といえる。刀の中に眠る美しさに魅せられ、自分が研ぎたいと思える者の刀のみを研ぐため、研ぎ師として一線を退いてしまった。そうして一線を退いた後、光悦が刀を研いだのは武蔵を含めたった二人である。
本阿弥妙秀(ほんあみ みょうしゅう)
光悦の母。滞在していた小次郎には祖母・母親のように慕われている。
【関連作品】
WATER
バガボンドカラー原画集。
墨
バガボンドモノクロ原画集。
画集が二つに分かれたことについては、作者曰く最初から二つ出す予定であったわけではなく、一般に画集ではカラーが中心になってしまうが、普段よく書いているモノクロの絵の方がレベルが高い位置に達していると思いモノクロを多く載せたいと考えたことによる。[1]
この二つの画集では普段、雑誌掲載時には印刷の限界により見えなくなってしまう微妙な部分[2]まで印刷されるように、工夫されている。
DRAW
バガボンドの原稿を描いていく様を収録したDVD作品。2枚組。先着1000名にはバガボンド特製ダイス(サイコロ)付き。
(「バガボンド」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。2007年7月27日14時(日本時間)での最新版を取得。改訂履歴(http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%90%E3%82%AC%E3%83%9C%E3%83%B3%E3%83%89&action=history)。Text is available under GNU Free Documentation License(http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html).)